【案内人ブログ】No.34(2020年1月)

2019年10月16日、私達案内人の仲間があっという間に神様の元へ旅立っていかれました。
藤田眞知子さん 67歳。
私が藤田さんを知ったのは三浦綾子読書会でした( 読書会では、三浦綾子さんの作品を少しずつ読み合い、その後、感想や森下先生からのコメントを頂きます) 。当時、『雪のアルバム』が課題図書で、藤田さんは綾子さんの沢山の本の中でもこれが一番好きとおっしゃっていました。

この作品は「エキスパートナース」という雑誌に1985年5月から翌年12月までの1年半にわたって掲載されたものです。決して明るいストーリーではないのですが、なぜこの本が好きなのかついに聞かずじまいでした。
藤田さんは不動産店をご家族で営んでおられたので、毎回必ず出席することはできませんでしたが、市内三か所で行われている読書会の常連さんでした。ご自分のなさっているボランティアについてあまり話すことをしませんでしたが、いつも弱い立場の人の側に寄り添っていたようでした。そういう意味で、『雪のアルバム』の主人公清美さんにも共感していたのかもしれません。
10月上旬、検査入院した折、そのことを伝えてくれたメールが最後でした。
てっきり、すぐ帰ってきてまたいつものように読書会にも出席し、案内人としても文学館に来てくれるものとばかり思っていました。

「なぜ私が案内人する気になったか教えようか、村椿さん、あなたの背中見てたからだよ。このことは忘れないでよ」
「できることをやればいいんだよ」

2019年、個人的なことで文学館のボランティアができなくなっていた私にそう言ってくれました。

藤田さんが旅立って早や三ヶ月。振り返るとそこに立っていてくれるようです。

by 三浦文学案内人 村椿洋子

★告別式での、案内人有志から藤田さんへのメッセージ

真知子さん、
あなたが亡くなったこと、いまだに信じられず、みんなと共に座っているような気持ちです。
検査のために入院したのだから、きっちりみてもらって、たとえ悪い物が見つかっても、それだけ取り除いてかえってくるものとばかり思っていました。
「無理すんじゃないよォ」
「自分にできることをやればいいんだよ」
「心身共に元気かい」
いっつも人のことばかり心配してくれましたね。 
真知子さんが文学館の中で、お客様をミニガイドしている姿を思い起しています。
『海嶺』の中の音吉の子孫にお会いしたことを、うれしそうに話してくれましたね。そのことを文学館で案内人ブログに2018年9月に載せていましたね。私達案内人の楽しみを教えてもらったように思います。

未熟者の私達ですが、案内人として歩いていけるよう、そちらから見守っていてください。
またお会いしましょうね。

三浦綾子記念文学館案内人有志

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