先日、札幌教育会館を会場にした「黒川村の女たち」というドキュメンタリー映画を見てきました。去年札幌の小さな映画館で上映されたそうです。当時私には何の知識もありませんでしたが、その後テレビから断片的に知る機会があり、最近教会研修の時に配布された資料の一つにこの映画会のチラシがありました。
アッ!あれだ!あの映画だ!
満州開拓・・・開拓とは山林や荒地を切り開いて田畑や居住地を作ること。
でも戦時中、国策で進められた満蒙開拓団として中国東北部の旧満州に農業移民した人たちはそうではなく、それまで耕作していた中国人から強制的にせしめた土地への移住だったそうです。
敗戦を迎え、守ってくれると思ってた関東軍は既に撤退していて、村には女・子供・老人しか居ない。中国人からとソ連兵からの襲来に逃げ場は無く、聞こえてくるのは集落丸ごとの集団自決。そうした中で、黒川開拓団の人たちが選んだのは、生きて日本に帰る事。ソ連軍に守りを頼み、食糧を分けてもらう。その見返りは若き女性たちをソ連兵に差し出す事!。数え18才以上の未婚女性15人。村の長から頼まれ「嫌だ!」と拒否することも自ら死ぬこともできぬまま、雑魚寝状態での行為。年長者が年少者をかばい、隣り合う者同士が「がんばれ、がんばれ」と励ましあう。終わっても感染症や子供が出来ないようにする為に、衛生兵や差し出されなかった18才以下の娘たちによる「処置」。攻めてきた強者が弱者を漁るような事はいつの時代もあったかもしれない。沢山の同胞を助ける為に若き女性にたちに犠牲になってくれと言う方も言われる方も私には想像も出来ない位切羽詰まった状況だったのだろう。たった2か月とは言え、女性として耐え難く屈辱的な性暴力。
ここまで見て、私は「塩狩峠」の長野政雄さんを思った。自己犠牲という意味で。
だけど、映画は続く。やっと帰国が叶い、故郷に帰っても、「汚れた女だ」「姉弟である事が恥ずかしいから他所へ行ってくれ」「いい思いをしたんだろ」地域全体の為に犠牲になったのに、感謝も詫びも無く、ただ口を閉ざす地域。事実が隠され時代が変わって行くのを待つだけのように。性病を移されたりチフスで苦しみながら帰国出来ずに亡くなった4人の女性たちを弔う為に建立されたお地蔵さん、でも碑が無く何の為のものか伝わらない。説明の碑を作ろうとする者への反対。
この映画が訴えたかったのは、ここから先の事なのかもしれない。
一人の人間としての尊厳の回復、それを助ける者たちとのつながり。連帯。被害にあった女性たちが語り始め、聞いた私たちが次の時代へ繋げていく。
知った事で満足して終わったらダメ、行動しなさい、平和を作り出す者になりなさい。
そんなことを言われたような気がした映画でした。
機会があったらご覧になって下さい。私が映画の後半の感想を言葉に出来なかった難しさを感じて頂ける事でしょう。
乙女の命と引き替えに 団の自決を止める為 若き娘の人柱 捧げて守る開拓団
次に生まれるその時は 平和の国に生まれたい 愛を育て慈しみ花咲く青春綴りたい
(乙女の碑より) 9月4日 村椿洋子


