【年末年始読み物企画】3月3日の記事に書き漏らしたことなど~秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(集英社)から読む三浦綾子作品(後編)

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あけましておめでとうございます。

いかがお過ごしでしょうか。

今日は、昨日の続きで「年末年始読み物企画」の後半をお話いたします。

前回は、秋本治『こち亀』201巻の10話目「お待たせ! 日暮の巻」で、両津と絵崎教授がタイムマシンで過去――1964(昭和39)年10月10日の東京オリンピック開催日――に向かったこと、この年が三浦綾子作家デビューの年であったことをご紹介いたしました。

ところが、両津と絵崎教授がタイムマシンから外に出ると……そこはオリンピック開催1年前の1963(昭和38)年10月10日でした。

1963(昭和38)年 あの頃にタイムトラベル!

せっかくの元日ですので、1963(昭和38)年1月1日、この日、三浦夫妻が何をしていたのか。タイムマシンはありませんが、自伝『この土の器をも』から引用を交えながら以下にご紹介をいたします。

朝日新聞社社告

1963(昭和38)年1月1日の夕べ、三浦夫妻は九条十二丁目に住む綾子の両親のところへ新年のあいさつに行きます。このころ両親は、綾子の療養のために家も土地もみな売り払い、五軒長屋のような、小さなアパートに移り住み、末弟・秀夫夫妻と同居していました。

 新年の挨拶をし、僅かなお年玉を進呈した後だった。母が思いついたように、
「あ、そうそう、秀夫がね、綾ちゃんが来たら、ここを見せなさいと言っていたよ」
 と、折りたたんだ朝日新聞をわたしに示した。見ると、朝日新聞の社告だった。
 一千万円懸賞小説募集の記事が、そこにはあった。
「へえー、一千万円とは凄いわね」
 秀夫は、なぜわたしに見せよと言づてたのか。まさか、わたしに応募せよということではあるまい。応募資格を見ると、既成の作家も応募できることになっている。わたしには無縁な話だと、思わず笑った。

三浦綾子『この土の器をも』二十七

 この年、朝日新聞社は、大阪本社が創刊85年(1月25日)、東京本社は創刊75周年(7月10日)をむかえます。社告にあった一千万円懸賞小説はその記念事業の一つでした。[16]

自分には無縁だと思わず笑う綾子。しかし、その夜床についた綾子は想像をめぐらせます。

既成の作家も応募資格があるのだから、大変な応募数に上るだろう。わたしのような者に、新聞小説など書けるわけはないが、もし書くとしたら、どんな小説を書くだろう。(中略)
 わたしはふと、療養中に遠縁の者が殺された事件を思い出した。
「もし、自分の肉親が殺されたら?」
 そう思ったとたん、わたしはこれだと思った。ここから一つの物語が生まれそうだった。
(中略)
もし、妻の不注意で子供が殺されるとしたら……そうだ! これを発端として物語を展開してみよう。わたしは社告のことも何も忘れて、その夜長編小説の略筋を作った。

三浦綾子『この土の器をも』二十八

翌2日には光世に執筆の許可を求めています。物語は結末から書かれ、辻口家の場所を旭川市内の外国樹種見本林(現・三浦綾子記念文学館分館)にすることは、早い段階で決まっていました。1月19日には、さっそく光世と二人で取材に訪れています。途中、一から書き直しもしますが、この年の大晦日、1963(昭和38)年12月31日午前2時に応募作『氷点』が完成しました。

希望の煙突、そして端島(軍艦島)

前回ご紹介した『こち亀』59巻の8話目「おばけ煙突が消えた日の巻」は少年時代の両津にとってのおばけ煙突(※東京電燈株式会社・のちの東京電力千住火力発電所の通称)の話でした。今回ご紹介する『こち亀』141巻の9話目「希望の煙突の巻」は、歌手志望の若い女性・紅月灯あかつき りんの姿を通して描かれたもう一つのおばけ煙突の話です。

この作品は、秋本先生が「取材して1年くらいかけた末に、思い通りのものに仕あがったので、できた瞬間から大きな手応えを感じました」[17]ということばの通り、読者にとっても感動せずにはいられない作品です。

実際に働いていた方へ取材を行い、写真など膨大な資料を基に描かれたことによって、歌手になるために東京にやってきた紅月灯が「私はこの匂いが好きなんだ」[18]といった作業所の熱気や石炭の匂いが伝わってくる気がします。灯がここで働く決意をしたのは、この場所がふるさと・端島と同じ石炭の匂いがする懐かしい場所だったからです。

残念ながらコミックには未収録ですが、「希望の煙突ー端島ー」(ジャンプNEXT! 2013 WINTER掲載)では、灯が生まれ育った端島(長崎市の沖合にある小島。通称「軍艦島」)の詳細が描かれています。石炭の説明から始まるこの作品は、見開きや大きなコマ割りを大胆に駆使して千住火力発電所内部や端島の風景が描かれています。読めば読むほど、灯と同じように、石炭が燃えた時の熱や匂い、端島の海の色や潮風さえもが感じられるような実に迫力のある作品です。[19]

 中学生になった灯は、両親に向かってこう言います。[20]

端島ここにおったら歌手になられんけん
歌手になる人はみんな「故郷ふるさと」ば捨てて「東京」に来るとよ!

秋本治  「希望の煙突―端島―」

その主張に対し父は「おなごは結婚して亭主の里が『故郷ふるさと』になる」「自分で『故郷ふるさと』ば探すとぞ」と夢に向かって進むように言います。[21]

もし綾子がこの物語を読んだのなら、灯の物語を人ごとに思えないはずです。

何故なら、綾子が青春時代を過ごした歌志内うたしないは、灯が過ごした端島と同じ匂いがする炭鉱街だったからです。

炭鉱街・歌志内

1939(昭和14)年4月、女学校を卒業した17歳の綾子は、歌志内にある神威尋常小学校(のちの神威小学校)に赴任します。自伝『石ころのうた』には、この頃のことが記されています。

当時はエネルギー資源として石炭が使われてたため、歌志内にはいくつもの炭鉱会社がありました。労働者が増えるのに伴い、当然児童数も急増していきました。この年の児童数は2,126名(尋常初等科1,764名、高等科362名)[22]でしたから、今では考えられない大人数です。受持ちクラスには、一つの教室になんと70人近くの児童がおり、校舎は増築しても追いつかないという状態でした。

1941(昭和16)年の神威国民学校[23]の児童数は2,464名(尋常初等科2,041名、高等科423名)に膨れ上がります[24]。同年4月、綾子は文珠分教場に異動します。歌志内の繁栄がいつまでも続くと信じて疑わない綾子と、綾子の考えに警鐘を鳴らす青年Eとの会話を以下に引用します。

「神威の本校も、やたらにふくれ上がりましたね。しかし、興亡という言葉を知っていますか。国は興りも、亡びもするもんなんですよ。いつまでもこの炭鉱が栄えるわけじゃないんですがねえ」
 彼はそんなこともいった。わたしには、昭和十六年五月のその時点において、日本の国は果てしなく栄えて行くように思われた。彼が単なる取り越し苦労をしているような気もした。しかしそれは、決して取り越し苦労ではなかったのだが、そうしか映らぬ稚いわたしであった。

三浦綾子『石ころのうた』七

児童数の急増を目の当たりにしている綾子には、青年Eの言葉は「取り越し苦労」に過ぎなかったのでしょう。文珠での日々を「そのまま炭鉱の街に一生住みつきたかったほど、楽しい所であった」(『石ころのうた』七)と記しています。後、綾子は1926(大正15)年5月24日の十勝岳大爆発のことを描いた小説『泥流地帯』『続泥流地帯』を書きますが、登場人物で小学校教師・石村耕作の姿には、この頃の綾子の経験が反映されています。

しかし、このような日々はわずか4か月ほどしか続きませんでした。

母・キサがリュウマチにかかったこともあり、急遽、歌志内を去り旭川に戻らねばなりませんでした。突然、綾子と別れることになった児童たちはみな大泣き状態でした。

ついに歌志内を去ることになった同年8月末。駅から離れた汽車は次第に速度を上げ、綾子は窓を閉めようとします。大曲という農業地帯で綾子が目にしたのは、木にくくりつけた風呂敷を大きく振って見送ってくれた一人の男子児童でした。綾子も窓から上半身から身を乗り出すようにして「Iちゃーん」と彼の名を呼びながら手を振ります。

『こち亀』「おばけ煙突が消えた日の巻」「希望の煙突の巻」「希望の煙突―端島―」の三作に共通するのは、石炭より効率の良い石油へと移行したエネルギー革命と時代の変化でした。

「希望の煙突―端島―」では、端島が1974年(昭和49)1月15日に閉山したとあります。[25]また作中では、無人島になった端島の様子とそこで泣き崩れる灯の姿が描かれています。 [26]

作中の説明通り、端島に限らず日本中で炭鉱の閉山が相次ぎました。綾子が過ごした歌志内でも、第二次世界大戦後、閉鉱が相次ぎまました。

  • 1953(昭和28)年7月、住友新歌志内鉱閉山。[27]
  • 1954(昭和29)年、三井鉱山文珠坑閉鉱。[28]
  • 1963(昭和38)年9月、北海道炭砿鉄道株式会社空知鉱・神威鉱が同時に閉山。[29]このことは歌志内市に大きな影響を与え、市議会では全会一致で非常事態宣言を行いました。[30]
  • 1971(昭和46)年10月、住友歌志内鉱閉山。[31]

相次ぐ閉鉱に伴い、歌志内市の人口は減り続け、綾子の勤務先だった神威小学校(当時は神威尋常小学校)は1979(昭和54)年3月に閉校しました。[32]

1988(昭和63)年4月25日には、JR歌志内線が廃止。これに伴いかつて17歳の綾子がそのホームに降りたった歌志内駅も廃駅となりました。[33]

そして1995年(平成7)年3月には、歌志内市最後の炭鉱・空知炭鉱も閉鉱しました。[34]

故郷(ふるさと)の匂い

『こち亀』では、亀有や浅草といった下町の風景はもちろん、日本や世界各地の風景が描かれています。40年にわたる長期連載の間には、漫画での風景と見比べてみるとすっかり様変わりした場所が描かれています。


例えば、第36巻の6話から9話目の「両さんの長崎旅行の巻」は、4話にわたって両津が長崎を目指して西日本を旅します。この話では、大阪丸ビル[35]のように様変わりした場所が描かれています。同様に『こち亀』201冊の中には、今はもう見られない風景や、読者にとって思い出がある場所がいくつも残っていることでしょう。

綾子の作品を例にすると、例えば『氷点』に登場する富貴堂書店や三条食堂。当時と今とではすっかり変わってしまった場所です。私のように旭川で生まれ育っても、その当時に書店や食堂があったことを知らない若い人は少なくないと思います。しかし、作品を読むことをきっかけに当時の旭川の街並みを知ることができるのです。

『こち亀』や綾子の作品が読み継がれているのは、登場人物たちが、かつての自分と同じ場所で過ごしているのを見て、自身にとって懐かしいふるさとを再発見するからだと思います。

それは、「希望の煙突の巻」で端島を出た灯が、生まれ育ったのと同じ石炭の匂いがするおばけ煙突のある場所で働くのを決めたのと同じように、秋本先生の表現を借りると「故郷ふるさと」を発見するということです。

秋本治と三浦綾子。

異なる時代に生まれ、異なる場所で育った二人には、ある重要な共通点があります。それは、共に生まれ育った場所に住み続け、その場所に根を下ろし、物語を作り続けたことです。自身の「故郷ふるさと」を大切にしていただけではなく、市井の人々が生きている時代と場所を入念な取材を通して物語にし、その時代の読者たちの「故郷ふるさと」を描き続けたことです。

二人が懐かしさを伝え続けた理由を私は次のように考えます。そのヒントは、綾子の小説『続泥流地帯』で、深山峠に遠足に行った耕作と教え子たちの会話です。

「すばらしいなあ!」
生徒の一人が、感に堪えないように言う。
「すばらしいだろう。これがお前たちのふるさとだ。よっく心に焼き付けておけ」

(中略)

「いいか、よく聞くんだ。自分たちのふるさとを胸に焼きつけておくということは、人間として大事なことなんだ。君たちはいつの日か、この村を離れて、ほかの町に住むようになるかも知れない。しかし、そこに楽しいことが待っているとは限らない」
 生徒たちがうなずく。
「いや、つらい目に遭ったり、苦しい目に遭ったりすることが、多いかもしれない。そんな時にな、ふっとこの広大な景色を思い浮かべて、勇気づけられるかも知れないんだ。人間はな、景色でも友だちでも、懐かしいものを持っていなければならん。懐かしさで一杯のものを持っていると、人間はそう簡単には堕落しないものなんだ」

三浦綾子『続泥流地帯』深山峠 二

この引用を以て結びといたします。

この読み物企画を公開するにあたり、秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』からの引用をご快諾いただきました集英社ご担当者の方に心よりお礼を申し上げます

(文責:岩男香織)

[16] 朝日新聞百年史編修委員会編『朝日新聞社史 昭和戦後編 昭和20年(1945年) 昭和64年(1989年)』朝日新聞社、1994年7月、p346

[17] 秋本治『秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由わけ』集英社、2019年8月、p28

[18] 秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』141巻所収(ジャンプ・コミックス、集英社、2011年2月)、p173

[19] 秋本治 希望の煙突―端島― 「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p227-p273

[20] 秋本治 希望の煙突―端島―  「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p261 「来る」は、コマ下に「※行く」と注がある。

[21] 秋本治 希望の煙突―端島―  「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p262

[22] 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p631

[23] この年4月より、国民学校令施行に伴い、神威尋常小学学校から改称。

[24] 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p631

[25] 秋本治 希望の煙突―端島―  「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p265 

[26] 秋本治 希望の煙突―端島―  「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p270-272

[27] 年表 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p1952

[28] 年表 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p1952

[29] 年表 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p1954

[30] 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p1243

[31] 年表 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p1955

[32] 歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月、p697

[33] 駅名一覧 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道 全線・全駅・全廃線』新潮「旅」ムック、2008年5月、新潮社、p36-37

[34] 歌志内市企画財政課企画広報グループ編「市勢要覧 うたしない資料編〈令和元年〉」2019年12月、p6
https://www.city.utashinai.hokkaido.jp/hotnews/files/00000000/00000041/20191218163204.pdf

[35] 両さんの長崎旅行② 秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』36巻所収(ジャンプ・コミックス、集英社、1985年8月)、p123

参考資料

底本

秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』ジャンプ・コミックス、集英社 1巻~201巻
秋本治 希望の煙突―端島― 「ジャンプNEXT! 2013 WINTER」、2013年12月、p227-p273

三浦綾子『三浦綾子全集』主婦の友社、全20巻
三浦綾子電子全集、小学館
三浦光世電子選集、小学館

参考資料(秋本治氏関連)

秋本治監修、週刊少年ジャンプ特別編集『KAMEDASカメダス こちら葛飾区亀有公園前派出所 大全集』JUMP COMICS DELUXE、集英社、1993年3月

秋本治監修、週刊少年ジャンプ特別編集『KAMEDASカメダス 2 こちら葛飾区亀有公園前派出所 大全集』JUMP COMICS DELUXE、集英社、2001年12月

秋本治『両さんと歩く下町-『こち亀』の扉絵で綴る東京情景』集英社新書(0265)、集英社、2004年11月

秋本治著、週刊少年ジャンプ特別編集『[こちら葛飾区亀有公園前派出所]連載30周年記念出版 超こち亀』JUMP COMICS、集英社、2006年9月

秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』999巻、ジャンプ・コミックス、集英社、2011年12月

秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』200巻(40周年記念特装版)ジャンプ・コミックス、集英社、2016年9月

こち亀超書スーパーノート 秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』200巻(40周年記念特装版)、ジャンプ・コミックス、集英社、2016年9月

「週刊少年ジャンプ」2016年42号(2016年10月3日号)

読売新聞「こちら葛飾区亀有公園前派出所」版 発行年月日記載なし
※2016年9月14日~9月26日「連載40周年&コミックス200巻記念 こち亀展 こちら中央区日本橋高島屋内派出所」での販売品。

秋本治『秋本治の仕事術 『こち亀』作者が40年間休まず週刊連載を続けられた理由わけ』集英社、2019年8月

さいとう・たかを×秋本治 祝!!「ゴルゴ13」200巻到達記念!! 世界で二人だけの200巻作家ビッグ対談!! 「ビッグコミック」2021年4月25日号、小学館、p3-6

「週刊少年ジャンプ」2021年33・34号(2021年8月2日・8日合併号)

参考資料

北海道新聞編『写真集・国鉄北海道ローカル線』北海道新聞社、1987年4月

宇野俊一ほか編『日本全史(ジャパン・クロニック)』講談社、1991年3月

高柳好一他著『変わりゆくわが街にズームイン 亀有だーいすき』亀有を愛する会、1993年2月

歌志内市史編さん委員会編『新歌志内市史』歌志内市、1994年3月

朝日新聞百年史編修委員会編『朝日新聞社史 昭和戦後編 昭和20年(1945年) 昭和64年(1989年)』朝日新聞社、1994年7月

朝日新聞百年史編修委員会編『朝日新聞社史 資料編 明治12年(1879年)~昭和64年(1989年)』朝日新聞社、1995年1月

西井一夫編 毎日ムック『戦後50年』毎日新聞社、1995年3月

下川耿史・家庭総合研究会編『増補版 昭和・平成家庭史年表 1926-2000』増補新装、河出書房新社、2001年4月

駅名一覧 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道 全線・全駅・全廃線』新潮「旅」ムック、2008年5月18日、新潮社

ブルーガイド編集部編『地図と写真で見る東京オリンピック1964』実業之日本社、2015年2月

町田忍『戦後新聞広告図鑑 戦後が見える、昭和が見える』東海大学出版部、2015年11月

池亨ほか編『みる・よむ・あるく・東京の歴史8 地帯編5 足立区・葛飾区・荒川区・江戸川区』吉川弘文館、2020年3月

WEB

こち亀.com|集英社 こちら葛飾区亀有公園前派出所公式サイト (j-kochikame.com)

東京オリンピックを迎えて -統計でみる いまと昔(2021年と1964年)- (stat.go.jp)

おばけ煙突|足立区 (city.adachi.tokyo.jp)

歌志内市企画財政課企画広報グループ編「市勢要覧 うたしない資料編〈令和元年〉」2019年12月、p6


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