昨年の読書録を振り返ると、三浦綾子のエッセイ集をたびたび読み返していたことに気づきました。短歌についてのエッセイや、自伝的な回想、作品にまつわる内容や人物についてなど――話題が幅広く、かつ親しみやすい筆致。短い時間で読めるにもかかわらず、心に残るフレーズにしっかり出合える点はさすが、とあらためて感心してしまいます。
たとえば、『それでも明日は来る』(主婦の友社、1989年→新潮文庫、1993年。電子書籍も)所収の、「百科事典を愛読する」(1984年5月発表)は、昭和の作家論としても興味深い内容でした。
『宮本武蔵』『新・平家物語』で知られる人気作家吉川英治は、高等小学校中退後、さまざまな職に就いたそうです。印刷工を経験した時期もあり、その頃に「百科事典をなんと五十回も読んだ」のだとか! 綾子は、印刷所で吉川と同僚であった扇谷正造の著書で、その伝説的な“百科事典五十回説”を知ったそうです。
扇谷の著書によると、1956、57年頃、ある料亭で吉川英治、石川達三、大岡昇平、石坂洋次郎、扇谷らがコース料理を味わっていたそうです。すると──
もう一品料理が出るという。みんながメニューを見ると「強魚」とある。だが誰もこの読み方を知らない。したがって、いかなる料理が出るのか、わかる筈もない。(略)吉川氏に石坂洋次郎氏が、その読み方と、いかなる料理かを尋ねた。たぶん石坂氏は、日頃吉川氏の博学ぶりに心服していたにちがいない。吉川氏は、
「これはシイザカナと読みます。もう料理はひと通り出ました。でも、なんでしたらもう一皿いかがですかと強(し)いる……ですからお腹にたまらないもの、ムシガレイか何かじゃありませんか」
と言われた。そして運ばれてきたものは、やはりムシガレイであった。
その場に居合わせた作家たちの、驚きと敬意にあふれた表情が目に浮かぶようですね。
ちなみに「強魚」は、一般的には「強肴」と書き、その内容にも諸説あるようですが、作家になってから百科事典をひもとくようになった綾子には膝を打つエピソードだったとか。
近年の私などは、わからない言葉が出てくるとすぐスマホなどで検索してしまい、百科事典はおろか、国語辞典をひもとくことも少なくなってきました。そんなわが身を戒めつつ、国民的な人気を誇る作家たちの語彙力、そして若き日の人知れずの努力に、しみじみ敬服。 みなさんも、百科事典や辞書をいっそう活用してみませんか。
