【案内人ブログ】No.48「見果てぬ夢」を語れ 記:三浦隆一

事務局ブログ

2021夏の朗読劇「大きなニレの樹の下で『泥流地帯』」に参加して、充実した余韻の中でこの文を書いている。今回の朗読劇もコロナ禍でやむを得ずしてオンライン配信のみで行なわれたものであった。例のごとく閉館中、無観客で。合計で4回の練習があったが、そのうちの2回は異常な猛暑の日と異常に寒い日に特徴づけられていた。さらに今年の夏を特徴づけたものとしては、ヒグマの河川敷の出没が挙げられるが、このことについてはこの文章の後半で再び触れることにする。

今回の朗読劇の脚本も難波事務局長の手によるものだが、これまでとの違いは、作品にコミカルな面を付け加えようとしたことにあったように思う。
高校を卒業して20年が経ち、ブレイディみか子に似た、結婚して子供も産んでパワーアップしたカナを中心に物語は展開していく。ストーリーの中心となっているのは、「町おこし村おこし」であり、テーマとなっているのは、「街づくり」であろう。カナ、リョウイチ、ソウタ、ハジメは高校の同級生で、40代にさしかかり、それぞれが社会の中で中心的な役割を果たそうとしている。特にハジメに対して昔と変わらぬ友情を持ち続けているパンクな母ちゃんカナが、久しぶりに上富良野に帰ってきたハジメの心配をすることから、物語は始まっていく。そして物語の後半でカナたちの恩師・ユカリ先生のナレーションとリョウイチの朗読による三浦綾子『泥流地帯』『続泥流地帯』が劇中劇として差し挟まれ、劇的な効果をあげている。
ユカリ先生は言う。人々の決意と愛と情熱が上富良野の街を生き返らせたのだと。
リョウイチの勤める銀行のロビーでハジメの撮った写真をバックに朗読会が持たれる。私はハジメを演じたが、ハジメは自分の頭の中にある妄想のような、この町に対しての自分の想いを語り、惹きつけられるものがあった。彼が東京の写真学校に行くために一旦は町を出た、ということが重要であったように思う。彼はそうすることにより、自分の故郷を客観視する眼を持ったのだ。そして、自分の頭の中にある「見果てぬ夢」について、饒舌に語り出すのである。
ユカリ先生とリョウイチによる朗読は、百年以上も前の十勝岳噴火をまるで昨日のことのように感じさせる。迫真の描写は三浦綾子さんの原作が持つ力の成せる技であろう。綾子さんは『泥流地帯』を書くにあたって、聖書の「ヨブ記」を下敷きにしたのだという。そうすることにより、彼女は、災害に傷ついた人々を慰め、励ます小説を書くことができたのだ。夫の光世氏は綾子さんに二つの小説をリクエストした。一つが『母』で、もう一つがこの『泥流地帯』であった。その夫の思いに充分に応えることのできる、みごとな出来映えの小説である。

朗読劇団くるみの樹による朗読劇「大きなニレの樹の下で『泥流地帯』」(2021年8月28日撮影)


街づくりの話に戻るが、今のコロナ禍の現状は、「まるで災害級」と表現されるような状態である。今は落ち着きを取り戻しつつあるように思うが、ワクチンを打ちながら朗読を練習した日々は、ヒグマの頻繁な出没報道と共に忘れられない思い出となった。街づくりのためには、まず、自分の住む街に対する想いを思い切りさらけ出して語り合うことが重要であることを、この朗読劇は教えているように思う。
by 三浦文学案内人 三浦隆一

朗読劇「大きなニレの樹の下で『泥流地帯』」は文学館公式YouTubeでいつでもご視聴頂けます。詳しくは「氷点カレッジ」のページをご覧ください。

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