小説を読み味わうポイントはさまざまですが、個人的には、ストーリー以上に、文体やレトリックに関心があります。そのため、比喩事典やオノマトペの辞典などを眺めることも楽しみの1つです。
榛谷(はんがい)泰明編『レトリカ 比喩表現事典』(白水社、1988年)は、学生時代に図書館でよく読んだ1冊でした。同じ榛谷泰明編の『ほめことばの事典』(白水社、2005年)https://www.hakusuisha.co.jp/book/b204062.html
は、刊行後すぐに購入したのですが、久々にひらいたところ、なんと、三浦綾子の小説からの引用が多いことに気付かされました(今さらですが……)。
10例が引用され、カテゴリーとしては、「おだて」「女が女を」「求愛」「心」「少女」「茶室」「妻」「発見」「微笑」「恋着」。
『塩狩峠』や『泥流地帯』などのほか、『帰りこぬ風』『果て遠き丘』『広き迷路』などからも引用され、榛谷氏が丁寧に目を通されたことがうかがえます。
その中で、三浦綾子の小説にこんな「ほめことば」があったのか、とあらためて注目したのがこちらでした。
「あんな素敵な人が、他にいると思って? 札幌中探してもいないわ。エレガントな、あの妖しいような美しい人が」
「でもね、早苗さん。ぼくは、あの子よりずっとテンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性を知ったんです。――その子に会っていると、ぼくは五体のこわばりが消えるんだ。やさしくって、無邪気で、愛らしくって。男は誰だって奈津子とその子を比べたら、その子と結婚したいと思うだろうね」
「そんな女性が札幌にいるんですか」
「早苗ちゃん、その人はね、今、ぼくの目の前にいる」
(高校の沢先生と早苗の会話。早苗は沢が奈津子を愛してると思っている。『石の森』)
https://www.hyouten.com/hajimeno-ippo/25_ishinomori
カテゴリーは「求愛」。集英社文庫版の『石の森』では92~93ページからの抄出ですが、「テンダーハートの、ほっと憩わせてくれる女性」「五体のこわばりが消える」といった表現は、くすぐったいですが、多幸感をもたらす嬉しい「ほめことば」でしょうか。
ちなみに、この『ほめことばの事典』の帯文は、瀬戸内寂聴さんによるものです。
ほめことばには愛の裏付けがある。
だから人は
ほめことばに酔わされ幸福になる。 瀬戸内寂聴
三浦綾子と同年生まれの瀬戸内寂聴さんは25例も引用され、三島由紀夫も同じく25例でした。西欧の小説に比べ、日本の小説では歯の浮くようなほめことばは多くないようですが、では誰が日本一のほめことばの達人? そんな観点から、小説を味わうのも一興ですね。
田中 綾