『壁の声』( 三浦綾子小説作品 はじめの一歩 )

“はじめの一歩”とは?

三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。

三浦綾子記念文学館 館長 田中綾

小説『壁の声』について

小説宝石1974年7月
出版 … 『毒麦の季』光文社1978年10月
現行 … 『毒麦の季』小学館文庫・小学館電子全集
吃音のために虐げと嘲笑と暴力を受け、ついには殺人犯に仕立て上げられ死刑囚になった青年。彼の生涯で味方だったのは亡き母と飼犬だけだった。赤ん坊の声さえ恐れるほどに人間に絶望した心は神を求めて叫び始める。

『壁の声』

「おや、これは女の顔ではないか」
 ぼくは思わずつぶやいた。
 この独房に入って、二年にもなるのに、ぼくは全く気がつかなかった。無理もない。目をこらさなければ、汚点とさえも見えない。それはぼくの胸の高さあたりにあったのだが、しかし親指の腹ほどの小さな顔なのだ。しかも、汚れた灰色の壁に鉛筆で描かれているのだ。
 うすいが、その女の顔はひどく丹念に描かれてある。その目が変になまなまとして、目じりの二本のしわが優しい。女の顔といっても、それはもう五十をすぎた柔和な女の顔だ。眉の片方が短い。右と左の高さは少しちがうが、耳もちゃんと描いてある。きちんと撫でつけた髪を一本一本ていねいに描いてあった。
 多分、誰かのおふくろにちがいない。

つづきは、こちらで

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