【館長ブログ「綾歌」】『物語要素事典』に見る三浦綾子作品の“物語要素”

「綾歌」館長ブログ

愛知学院大学名誉教授・神山重彦氏による『物語要素事典』(国書刊行会、2024年)https://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336076458/ が、話題となっています。

4段組・1368頁、約6センチの厚みがあり、両手で抱えてもずしりと重いB5判の大著。10月末の刊行前から書店の方々に勧められ、手に取るのを楽しみにしていました。

物語のアイデア・関係・行動・結末など「物語要素」を分類し、その筋書きが紹介された事典ですが、「物語」と言っても文学作品に限らず、漫画・映画・演劇・オペラ・落語・昔話、さらに都市伝説まで、古今東西のストーリーが取り上げられているのが特徴です。

収録された物語要素は、1,135項目。ざっと眺めても、【絵の中に入る】【禁忌(聞くな)】【三人目】【辻占】【笑わぬ女】など、見出し語をいくつか組み合わせるだけで短編小説が書けそうな期待(錯覚?)も生まれ、創作意欲が刺激されます。

これまで、ウラジミール・プロップ『魔法昔話の研究』(齋藤君子訳・講談社学術文庫、2009年)等で、物語構造のパターンは知られていましたが、日本の古典文学と古代エジプトの物語が似たようなアイデア・構造を持っていることなど、興味深い発見も得られました。

約4,500の作品が紹介されていて、三浦綾子の小説では、『塩狩峠』『氷点』が引用されていました(まだすべて読んだわけではないので、ほかにも引用されているかもしれません)。

『氷点』は、【電話】【密会】【誘拐】【兄妹】【すりかえ】【手紙】【船】【下宿】【誤解による自死】【出生】【生死不明】の11項目で紹介されています。

うち、【兄妹】は、徹と陽子のことですね。「血のつながらぬ兄妹」の項に記載され、その例としてはほかに、坪内逍遥『当世書生気質』、ハリウッド映画の『許されざる者』(ジョン・ヒューストン監督、1960年、バート・ランカスター、オードリー・ヘプバーン主演)が挙げられています。

【誤解による自死】は、『氷点』の場合は陽子が自殺をはかる場面のことですが、「誤解によって自殺する」の例として、『仮名手本忠臣蔵』五~六段目の「山崎街道」「与市兵衛内」、オヴィディウスの『変身物語』巻四などが挙げられています。また、「誤解によって心労死する」の例として、ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』第四巻、『源氏物語』の「夕霧」などが挙げられています。

こうした要素に着目すると、とくに『氷点』は、映画も含めた古今東西の物語要素と重なりが多く、そのアイデア・関係が、人々の関心や好奇心を刺激したようにも思われます。 「ストーリーテラー」の資質を検証できる愉しい事典。一人ではもちろん、読書会などグループで読み、発見などを語り合ってはいかがでしょう。

田中綾

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