『足』( 三浦綾子小説作品 はじめの一歩 )

“はじめの一歩”とは?

三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。

三浦綾子記念文学館 館長 田中綾

小説『足』について

オール読物1966年2月
出版 … 『病めるときも』朝日新聞社1969年10月
現行 … 『病めるときも』角川文庫・小学館電子全集
療養所の二人部屋で過ごす三津枝と霧子。霧子が猫の鳴き真似をするのは、五号室の森川に会いたい時だ。森川は三津枝の元同僚で妻帯者。彼が霧子を誘って裏山に行くのを三津枝は心配していた。ある日、霧子は三津枝に、ある欲求を打ち明ける。

『足』

 午後の安静時間の終りを告げるブザーが、耳ざわりなほど長く鳴った。今までしずかだった療養所内がざわめいて、スリッパの音が廊下に聞こえはじめた。
 神山三津枝は手鏡にうつる裏山の紅葉を眺めていた。ひときわ、風にひらひらと葉をうら返す木は何だろうと思ったとき、
「ニャアオーッ」
 小田島霧子が、むっくりとベッドの上に起きあがって猫の声をまねた。又はじまったと三津枝は眉根をよせた。
 二人部屋である。この療養所は百人程の患者を収容する小さな療養所だったが、全部二人部屋で、大部屋はなかった。療養所はなだらかな山の中腹にあって、夜になると札幌さっぽろの街の灯が美しく眺められた。
 ピンクのネグリジェを着た霧子はベッドに腰をかけて、細い足をぶらぶらさせながら、
「ニャアゴオッ、ニャアゴオッ」
 と鳴いている。霧子が猫の声をまねる時は、森川章に会いたい時だと三津枝は知っていた。

つづきは、こちらで

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