“はじめの一歩”とは?
三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。
三浦綾子記念文学館 館長 田中綾
小説『どす黝き流れの中より』について
小説宝石1968年11月
出版 … 『病めるときも』朝日新聞社1969年10月
現行 … 『病めるときも』角川文庫・小学館電子全集
幼時樺太で家族と生き別れになった美津子は、彼女をさらった養父母に大事に育てられたが、家族に再会して実家に戻ると、夫は金と肉の欲に巻き込まれ変貌してしまう。愛する人が立ち返るのを待ち続ける純粋な心を描く。
「どす黝き流れの中より」
一
今年もまた雪虫の飛ぶ季節になりました。わたしは、あの雪虫の漂うような、儚げな姿をみていますと、なぜか妹の美津子を思い出すのです。
美津子が、肌理の細かな色白な女性だったからでしょうか。ええ、それはきれいな子でした。パッチリとした目元や、いつもほほ笑んでいるような口元など、姉のわたしにも見飽きないほどでした。行きあう人が、決まってふり返るのも無理がないような、人をひきつける子でした。
でもわたしが雪虫を見て美津子を思い出すのは、単にあの子が、色白の美しい子だったからだけではないのです。あの子の一生は、本当に雪虫のような儚げな一生でした。考えてみると、わたしたちの一生だって、儚いものには違いありませんけれどね。
実はわたし、美津子に関することは、今までどなたにもお話をしたことがないのです。身内の恥をさらすことにもなりますし……それがなぜか今日は、あなたにお話したくてならないのです。お時間をとらせて申し訳ございませんが、しばらくの間、聞いてやっていただけないでしょうか。
あれはまだ、わたしたち一家が樺太の豊原にいた頃でした。