『赤い帽子』( 三浦綾子小説作品 はじめの一歩 )

“はじめの一歩”とは?

三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。

三浦綾子記念文学館 館長 田中綾

小説『赤い帽子』について

農業北海道1972年6月
出版 … 『死の彼方までも』光文社1973年12月
現行 … 『死の彼方までも』小学館文庫・小学館電子全集
夫が突然死んではじめて自分がめかけだったと知った三津江と幼い一人息子康志が辿たどる悲劇を通して、冷酷で卑猥ひわいな人間の目を描く。棘棘とげとげした心の塀を超えようとして凍えながら赤い帽子を挙げる幼子に受難のキリストが重なる。

「一」

 前上まえがみ三津枝みつえは、汗ばんだ額をぬぐおうともせず、ミシンを踏みつづけていた。すき透るほどの白い肌のせいであろうか、黒目勝ちの大きな目であるにもかかわらず、横顔が淋しげに見えた。
 ミシンの傍らには、女児用スカートが高く積み上げられ、それが少し崩れかかっていた。一枚縫って百二十円の内職が、三津枝と五歳の康志やすしの生活をささえているのだ。
 一階に二軒、二階に二軒、一棟四戸のうちの一軒であるこの家は、六畳のリビングキッチンと、同じく六畳の和室の二間だけのささやかな借家だが、玄関もトイレも独立していることが、三津枝には満足だった。はじめはなんとなく二階に住みたかったのだが、今は一階のほうが便利でよかったと思っている。
 水色のカーテンを窓に下げ、白黒のテレビの上には、鉢植のチューリップが赤い。
「おかあさん」
 壁に背をもたせて、ひっそりと絵本を読んでいた康志が顔を上げた。

つづきは、こちらで

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