『岩に立つ』( 三浦綾子小説作品 はじめの一歩 )

“はじめの一歩”とは?

三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。

三浦綾子記念文学館 館長 田中綾

小説『岩に立つ』について

書き下ろし
出版 … 講談社1979年5月
現行 … 講談社文庫・小学館電子全集
三浦家宅を建てた大工の棟梁鈴木新吉の一代記。やくざにも特高にもひるまないが、弱い者は放って置けない男の中の男。「魂を滅ぼし得ぬものどもを恐れぬ」信仰の岩の上に、新吉は型破りで真直ぐな人生の家を建てた。

「一 産湯」

 奥さん、奥さんの齢なら、あの阿加木あかぎ御殿をご存じでしょうな。この旭川で阿加木御殿を知らねえ者は、あの頃一人もいやしませんでしたからな。実は奥さん、ありゃああっしが建てたもんなんです。
 それには、いわく因縁がありやしてねえ。もう何年になりやしょうか。あれは確か、昭和七、八年ぐらいに建てた筈だから、へえ、早えもんだ、もうかれこれ四十年以上も前の話になりますよ。
 実はね、ありゃあとんだ伏魔殿ふくまでんでしてねえ。詳しいことはあとでお話ししますが……昨夜は蒸し暑うござんしたね。そのせいか、珍しくあっしは寝つきが悪くって……それであの伏魔殿のことを思い出しましてねえ。阿加木の野郎を考えると、さあますます目が冴えて眠れない。それからそれへと思いだしているうちに、んめえ頃からのことなんぞも、いろいろ胸に浮かんで参りやして、あああっしもいつの間にか七十を過ぎてしまったかと、こう、妙な気持でした。
 七十年といやあ長いようだが、過ぎてみりゃあ、全くの話人生束の間でさあ。ま、はかないようなもんですわな。

つづきは、こちらで

タイトルとURLをコピーしました