『死の彼方までも』( 三浦綾子小説作品 はじめの一歩 )

“はじめの一歩”とは?

三浦綾子の作品を〝書き出し〟でご紹介する読み物です。
気に入りましたら、ぜひ続きを手に入れてお読みください。出版社の紹介ページへのリンクを掲載していますので、そちらからご購入になれます。紙の本でも、電子書籍でも、お好きなスタイルでお楽しみくださいませ。物語との素敵な出会いがありますように。

三浦綾子記念文学館 館長 田中綾

小説『死の彼方までも』について

小説宝石1969年10月
出版 … 『死の彼方までも』光文社1973年12月
現行 … 『死の彼方までも』小学館文庫・小学館電子全集
夫の前妻の嘘に足をすくわれ疑いに翻弄される女性を通して、人間の弱さを描きつつ、他方で、奔放に生きた果てに死の病を得た淋しさと嫉妬から死後も人を苦しめようと嘘をつく人間の心の底知れない「おばけ」性を描く。

「一」

 さっきから、雨がテラスのコンクリートに跳ね返って、白くしぶいている。大きな庭石のそばに紫のエゾつつじが無残に雨に打たれている。いまにも花びらが落ちるかと思うほどに、つつじは右に左に揺れながら、ただ素直に、雨に打たれているだけだ。順子はそれを見ながら、昼食の用意をしていた。
「雨はまだやまないのでしょうか」
 順子は、夫の俊之としゆきに語りかけるともなく、つぶやいた。ふっくらとした白い頬と、微笑をたたえている口もとがやさしい。
 俊之は、ソファにねころんで新聞を見ながら、
「うん」
 となま返事をした。
「雨はやみませんよ、ママ」
 人形と遊んでいた五つの七重ななえが、こましゃくれた口調で、きめつけるように言った。少し受け口だが、パッチリとした目が、黒々として、どこか人をきつける。その七重の顔を見ながら、順子は、七重を生んだ利加りかという女を、ふと想像した。

つづきは、こちらで

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