三浦綾子の「凄い語彙力」

『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)

文庫本の新刊コーナーをのぞくと、山口謠司さんの『文豪の凄い語彙力』(新潮文庫、2021年)https://www.shinchosha.co.jp/book/102861/ が目にとまりました。2018年刊行の話題の書が、この度文庫化されたのです。

4章立てで、63の言葉が紹介されていますが、その第3章に三浦綾子も取り上げられていました。「招聘(しょうへい)」という言葉についてです。

肉親のきょうだいにもまして愛してきた教会員たちであるだけに、去らねばならぬと心に決めてから、神に祈りを捧げてきた。その祈りへの神の応答が、今、ここに招聘の言葉となって示されたのである。保郎は、尚深く祈らねばならぬと思った。三浦綾子『ちいろば先生物語』

山口氏の解説で、なるほど、と膝を打ったのは、「招聘」という漢字の成り立ちでした。よくよく字面を見ると、「手」「口」「耳」が入っているのですね。身体のあちこちを使って、「心を尽くして相手を大切にお迎えする」のが「招聘」だということです。

また、ただ「招く」だけではなく「聘」の字も用いられているのは、「大きくて見えない何かが降りてくるのを、『耳』をすませてお招きするのが『聘』の字の意味」だから、とのこと。その解説にも深くうなずかされます。

三浦綾子のほかに紹介された「文豪」とその「語彙」は、たとえば、吉川英治の「秀雅」、石牟礼道子の「緩徐」、夏目漱石の「出立(しゅったつ)」など。

そんな中、個人的に私が好む言葉は「謦咳(けいがい)」(横溝正史)です。

わたしこそ一度先生のご謦咳に接したいと思っていたところでした。横溝正史『スペードの女王』

「直接お目にかかる」という意味の「謦咳」ですが、「謦(日常ふっと喉から漏れる、ささやかな音)」と「咳(大きなゴホンゴホンというせき)」の組み合わせで、小さな音から大きな音まで、「日常のふるまい全般」を表すのだとか。

ソーシャル・ディスタンスに気を遣い、マスク越しの声しか聞き取れない今、あこがれの方の声や立ち居ふるまいに接したいという願いは、ますます募るものですね。
こんな時にこそ、文豪たちの「謦咳」に、文字を通してだけでも接したいとあらためて感じます。

田中 綾

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